出会いがないことに悩む人にとって、出会い系や婚活サイトなどのネットを使った出会い探しはとても有効です。特に出会い系は、新たな出会いの機会がない社会人にとって恋人や友達を見つけるきっかけとしておすすめです。

地方の中堅商事会社に勤めるその20代後半の男は女性との出会いもなく、飽き足らない日々を送っていた。最後の女性と付き合ったのは大学3年の時。その彼女とも就職を機に自然消滅のような形で別れてしまった。卒業後、生まれ育った地元からそれほど遠くない地方にある会社に勤めることになったものの、そこでの生活は学生時代にイメージしていたものとはかけ離れたものだった。

学生当時、社会人生活といえば、終業後は合コン・飲み会三昧というイメージしか抱いていなかったその男は、彼女の時折見せる遠距離恋愛への不安からくる嫉妬心に心地よささえ感じていた。そんなことをふと思い出してはタバコの火を消して現実に引き戻されるのが彼の日常だった。

実家からはそう遠くないものの、帰る度に身内から結婚の話題を振られることに嫌気が差していた男は、地元に帰る回数もめっきり減っていた。仕事から帰ってやることといえば、帰り道にいつも立ち寄るコンビニで買った冷たい弁当を温めて食べるぐらいだった。それも次第に億劫になり、冷たいまま口に入れることも多くなっていた。つまらないバラエティ番組を垂れ流すテレビの音をBGMにスマホでネットサーフィンをしながらいつの間にか浅い眠りにつくのが夜の習慣だった。

毎日が繰り返しの生活。時間をむさぼるように無駄に消費している実感だけはあった。そんな感情は自分だけが抱いている鬱屈したものではなかったことが、その男にとっては唯一の救いだった。たまに集まる地元の友達と安酒を片手に話込むと、いつも話題になるのは“出会いがない”ということだったからだ。男の旧友もことごく女性との出会いの機会がないことをぼやく似たような日々を送っていた。思えばいつからこんなつまらない日々を送るようになったのか、皆サークルや遊びにあてもなく夢中になれた学生自体を懐かしんではアルコールに身を任せて逃げるように眠りに落ちていくのだった。そんな中その男は学生時代を過ごした東京に想いを馳せていた。東京に残った友人たちは華やかな社会人生活を送っているのだろうか?それとも自分と同じような刺激のない生活を送っているのだろうか?

思い立った男は3年振りに学生時代の友人にメールを送ってみた。ありきたりのない再会のメッセージのやり取りが終わったとき、男は聞いた。学生の時付き合っていた彼女とはまだ続いているのかと。その彼女は男が一時期想いを寄せていた女性でもあった。それだけに結婚が決まったなどと告げられるのは怖かったが、返ってきた返事は予想外のものだった。彼等も大学を卒業後にすぐに別れていた。お互いに仕事が忙しく会うこともままならなかったのが別れの原因だった。今ではその彼女は地元に帰り同級生と結婚したとのことだった。そのことには、少なからず寂しさを覚えたものの、それよりも友人が自分と同じように出会いがないことに飽き足らなさを感じていることが妙に嬉しかった。自分が東京を離れ地元の近くに帰る選択をしたことが正当化されたような気もした。今の自分を認められたような気さえした。

出会いがないのは誰もが同じなんだ。そう思うと拭いきれなかった田舎暮らしへの不満が綺麗に洗い流されていくような清々しさを感じた。社会人とはそういうものなんだ。学生時代とは違っていろんな女性との出会いがあったり楽しい事だけがあるわけじゃない。そんな現実をはじめて心底受け入れることができた。今まで自分は何に不満を抱いていたのか。ありもしない架空の世界を想像しそれに想いを馳せ、今の自分との違いに勝手に苦しみ絶望感すら抱いていた自分が恥ずかしかった。刺激がないなら自分で創ればいい。出会いがないなら自分から求めればいい。今を受け入れ前に進む。それでいいんだ。

男はカウンターで眠っている友人たちを起こして、寒い夜の街を家路に向かって歩き出した。時折強く押し寄せる寒風さえもが今日は心地よく感じられた。管を巻きながら千鳥足で歩く友人を支えながら男は決意していた。新たな出会いを見つけようと。それは男が社会人になって初めて自分の人生を生きる覚悟をした瞬間でもあった。